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舩井幸雄先生の思い出23
2017/06/28/(水)
必然、必要、ベストの理について
この舩井先生の言われる法則が、本当に自分のものになれば、どんな人生が楽に幸せになるだろうかと思うのですが、なかなか難しいものです。舩井先生もある出来事のあと、自責と後悔の念が続いて夢うつつとなった時、「もう悩むのはやめなさい。この世で起こる事は全て必然、必要なんですよ。」という声を聴いたと言われていました。そして「辛いことも、悲しいことも、不条理なことも、理不尽なことも、みんな起こるべくして起こっているのだ」という思いが忽然と湧いてきたそうです。本書「法則」には、「人間の目には偶然と見えることも、神のレベルでは必然なのかもしれません。天を恨みたくなるような困難も試練も、みんな私たちが行くべき場所へ行くために経験しなければならない必然の事柄であると言えましょう。」とあります。行くべき場とはどこでしょう。これも舩井先生が御存命の時に質問するのを忘れていました。今では私も64歳になり、なんとなくわかる気がしますが、これは一人ひとりのテーマでしょう。
自分自身の過去も振り返ってみる、困難や試練もありました。それらの多くは自分の選んだ道でもあり、忍耐、努力は当たり前でした。しかし新しい医学を創っていこうと苦楽を共にしてきた医師たちが何人も去っていったことを思い出すと、胸に苦しい物が上がってきて、なかなか必然、必要、ましてやベストなどと思うことができませんでした。舩井先生に相談したところ、「そんなことはよくあることだよ」との答え。それでも色々グチっていると「それも何か意味があるのだろうなー」と言われました。「何かの意味なんて思いたくもない。知りたくもない」とその時は思いましたが、何度も何度も考えているうちに意味も見えてきて「行くべき場所に行く」ための過程と考えることができてきたこのごろです。